The World
○ 微熱
夏の終わり。
それって、一体いつからなんだろう。
秋雨が止んだ時?
それとも、蝉の声が聞こえなくなった瞬間?
私には分からないや。
だけど、彼はこう答える。
「そんなの、暑くなくなったらに決まってんじゃん」
ねぇ、それって、熱が冷めたらって事でしょ?
だけど、そんな事口に出すのが恐ろしくて言葉を呑む。
それに気付いてか、固い大きな手が私の手をぎゅっときつく握り締めた。その仕種が、切なくて仕方がない。
「叶美の手、熱い」
「恵太が冷たすぎるんでしょ」
んなことねぇよ、と言いつつも少し気にする仕種が可愛い。髪を撫でたくなったけれど、生憎、利き手は捉えられている。
いつの間に恵太の手はこんなに大きくなったのだろう。私にはもう思い出せない。
窓の外には、真っ黒な烏が一匹。朱い夕日に染められずに、ただただ黒い影を落とすだけ。家の中を見ている黒い瞳は、まるで私達を監視する死神のよう。
「そろそろ、お母さん帰って来るよ」
「分かってる」
「手、放して」
「帰って来るまで、別にいいじゃん」
「バレるよ」
「バレない」
だけど、手を放そうとしないのは、私も同じだ。冷たい石のような手からは、僅かに熱が伝わってきて、それを逃がさんとばかりに手は理性からの信号を拒否する。
「……洗濯物、取り込むの忘れてた」
口には出しても、ぼんやりと外を眺めるだけ。
「いいよ、後で」
「お母さんに怒られる」
「一緒に謝ってやるよ」
「いらないよ」
口を噤むと、恵太は握っていた手を少し緩めた。ようやく空気の存在を許された二人の間には、さっきの冷たさからは想像出来ないほどの熱が篭る。
「……」
たくさんの空気に触れ、手は急に冷たくなった。手に篭っていた熱が冷めて。