The World

「えらいえらい」

顔を上げると、大きな掌が強引に私の頭をぐちゃぐちゃに撫でた。
驚いて、乱れた髪の隙間から彼の様子を伺う。

いつものように怪しく口元を歪ませて、こう言った。

「俺のために、こんな所まで来てくれたんだね」

指先が頬に触れる。
真っ赤に染まった頬はきっと熱くて、彼に触れられると、さらに体温が上がってしまう。

いつもは生意気に否定する唇までも、自由を奪われる。

「いや、……えっと、その……」

解ける事なく、言葉が口の中で縺れたままで。こんな自分がもどかしくて仕方がない。


指先が頬から離れた途端、ふっと笑いが零れてきた。

「どうして、何も言い返さないの。調子狂っちゃうなぁ」

柔らかく笑って、そして、今度はコツンと額を小突いた。
咄嗟に額を押さえると、顔が熱くなっているのが分かった。

「で、そのだんまりの原因は何?」

優しい声。
けれど、優しいのは声だけで。
目の前で、呆れたような、分かりきったような、余裕たっぷりの表情を浮かべている。

それが何だか悔しい。

でも、分かっている。

それが彼なりの気遣いだって事も。


「……今日は、バレンタインデーだから」

真っ赤に染まった顔が、夕日で隠されますように。
そんな無駄な事を祈りながら、後ろに隠してあった紙袋を、ぎこちなく手渡した。


分かっていた、と言わんばかりの笑みを浮かべて、彼は紙袋を受け取り、それから、ありがとう、と言った。
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