The World
○ ため息 -cloudy-
 消毒液の匂いがする。なぜか、この匂いは嫌いじゃない。
もう慣れてしまったせいかな。

視線をぐるりと一周させると、同じ模様の天井がただただ、四角い枠内に並べられていた。


きぃ、と椅子の軋む音がした。
重たい体を横へ向ける。カーテンの隙間から見えた人影は、何やら難しい顔で書類と睨めっこしている。
不意に眼鏡を通した目が急にこちらへ向けられた。

蛇に睨まれたかのように、体が硬直する。

「オイ、コラ。何見てんだ」

「先生……」

先生は怠そうな顔をして、こっちを見るなとばかりに、手をひらひらさせた。

「貧血なんだろ。まだ寝てろ」


……無理です。

心の中ではそう即答しつつも、渋々「はい」と返事をする。


静かな部屋。
再び戻った沈黙がもどかしい。

先生は書類に視線を戻してしまっている。


……何だか、退屈。

先生を見つめてみるも、じっとしたままで面白くない。

先生はいつもこうだ。
寝ろ、ばっかり。

私はもっと先生と話したいんだけどな。


はぁ、と溜め息が漏れた。
私じゃない。先生だ。

散らかった机の上。
さらにその上に書類を雑に投げる。静かな保健室内に乾いた音が響いた。

「……黒木」

急に名前を呼ばれ、体がびくり過剰反応してしまった。

眼鏡を外す仕種と同時に、視線がこちらへと向く。

「教室帰るか寝るか、どっちかにしなさい」

「……やだ」

「我が儘言うなら、放り出すぞ」


……ひどいよ、先生。

唇を噛むと、何だか泣きそうになった。

どうして、男ってこんな無神経で鈍いのかな。
先生は、私の気持ちなんか分かっていない。
ただの、生徒のうちの一人なのだ。
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