孤高の天使
その威厳のある立姿に見惚れ、一瞬恐怖感を忘れる。蒼い月に照らされる出で立ちが神々しく、イヴは縋るような想いで獣に手を伸ばした。
すると獣は何かを察したように一呼吸置き、鉤爪を宙で踏みしめた直後、落下速度に優る加速で降下した。
狼のような胴体に似たその獣が空を駆ける姿はラバルとそっくりだ。ぼんやりとそんなことを考えている間にも獣は接近し、イヴを背に乗せながら徐々に降下速度を落とす。イヴは獣の広い背中にもたれかかりながら、賢い獣だと思った。
「ありがとう……」
お礼を言うも聖力を吸い取られた体を起こすことはできない。獣もイヴの言葉に答えるわけでもなくゆっくりと降下を続けた。
トンと背中に伝わった小さな衝撃に地面に着いたのだと分かった。感覚に目を開くと、鬱蒼とした木々の向こうに蒼い月が見える。辺りを見渡すにどうやらここは森の中の様だった。
幸い上空の濃い粒子に比べ森の中の粒子は幾分か薄く、息苦しさはなくなった。イヴが獣の背で呼吸を整えていると、不意にガサガサという葉音が聞こえ、直後訝しげな声が投げかけられた。
「フェンリルか?」
青年と呼ぶにはまだ幼く、高音が残る少年の声は獣をフェンリルと呼んだ。
「こんなところでどうしたんだ?ここには近づくなと主から言われてただろ」
少年の問いに獣は声ひとつ上げない。おそらくラバルのように高貴な獣なのだろう。
ここから離れる気のないフェンリルは不意に腰を下ろした。当然背に乗っていたイヴは転がり落とされ、イヴは小さい悲鳴を上げてフェンリルの背から尾の方へ転がり落ちた。