孤高の天使
この六枚羽の悪魔はルシファー…魔界の王だろう。けれど頭を過ったのは恐怖ではなかった。ただ美しいと。純粋に美しい悪魔だと思った。天使や悪魔は美しい者が多いといわれているが、この悪魔は別格だ。
ゾッとするほど綺麗な顔立ち。闇よりも濃い漆黒の髪。漆黒の六枚羽は艶めいていて荘厳。思わず恐怖よりも先に見惚れてしまった。黒の衣服は悪魔だからだろうか、天使が白を纏うように悪魔もまた黒を纏うのだろう。
全身黒に染められたその悪魔が唯一色彩を放つ瞳。遠目からでも目立つそのアメジストの瞳はどこか憂いを帯びている。不意にアメジストの瞳が何かに気づいたようにこちらを向き、イヴは心臓が大きく飛び跳ねた。
「誰だ」
部屋の灯りは消えて、こちらは見えていないはずなのに何故分かったのだろうか。
迷いなく声を向けるルシファー。低く鋭い声は既に招かれざる侵入者に気づいている様子だ。出て行こうか迷っていると隣に座っていたフェンリルがルシファーの元へ駆けて行く。
「フェンリルか。お前が外に出るなど珍しい」
僅かに厳しい表情を和らげ漆黒の毛並みを梳くと、フェンリルも鼻をすり寄せ主が帰ってきたことを喜んでいる。
「今までどこへ行っていたんだ?」
ルシファーの問いにフェンリルは頭を持ち上げこちらを向く。じっとこちらを見つめるフェンリル。
「なんだ?まだ何かいるのか?」
訝しげなルシファーの声に恐怖と緊張で息ができない。
(ど、どうしよう……)
再び訪れた沈黙に大いに焦った。ルシファーの目を盗んでここから出ることは出来ないし。もし奇跡的に出られたとしても天界への帰り方が分からない。
ここは大人しく出て行った方が良いのかもしれない。そう思っているとシャッと何かを抜き取る音。見ればいつの間にかルシファーが暖炉の上の大剣を構えていた。見事な装飾から飾りだと思っていたがどうやら違うらしい。