孤高の天使
「出てこい」
聞く者を震え上がらせるほどの低い声で唸るルシファー。
「出てこなければ切る」
「ま、待って下さいッ!」
迷いなく剣を抜き取ろうとする様子にとっさに制止の声を上げる。
「今そちらに行きますから」
よろよろと立ち上がり一歩一歩踏み出す。体がだるいなどといっている場合じゃない。出ていかなければ切られる。そう思ったのは冷たく細められたアメジストの瞳が物語っていた。
出て行って誤解を解かなければ。ただ魔界に迷い込んだだけで危害を加えるつもりはないって。そもそもイヴには持って生まれた能力がない。天使には生まれ持った能力があるが、イヴは生まれつき記憶ばかりか能力まで与えられなかった。そんな存在がどうやって悪魔の脅威になり得ようか。
(大丈夫…分かってくれるわ…きっと)
そう思えど目の前にいるのはただの悪魔ではない。悪魔の頂点に立つ魔王ルシファー。冷たいアメジストの瞳から刺さるように感じる殺気に、震えが起こらないわけがない。
小刻みに震える腕を抑えながらルシファーの待つ天窓の下へゆっくりと近づく。そして、天窓から照らされる蒼い光のもとへ一歩踏み出した。
「あっ……あの…わたし……」
ギュッと目を瞑り、口を開いたものの言葉に詰まる。いざとなると上手く言葉にならないもので、頭が真っ白になる。
パニックに陥りかけたその時…―――
金属が石造りの床に落ちた音。恐る恐る目を開けば床にはルシファーが握っていたはずの大剣が転がっていた。
恐る恐る顔を上げると、驚きに見開かれたアメジストと目が合う。間近で見たアメジストの瞳は吸い込まれそうなほど鮮やかな色彩を放っており、イヴは続く言葉を飲み込んだ。
(目が…離せない………)
魅入られたのは瞳の美しさからか、恐怖からか。その瞳から目を逸らせない。見上げたイヴを見て更に驚愕した様子のルシファーは無意識にイヴに手を伸ばす。
ビクッと体が震えるが、それ以上の反応は示さない。否、示せなかったというべきか。ルシファーが目の前に来るまで一歩も動けなかった。