孤高の天使
「俺だけが知っていればいい。君は何も知らなくていいんだ、イヴ」
抱き寄せられる腕の力にイヴは何も言えずに口を噤んだ。広い胸の中で、黒衣越しに伝わる心音。一定のリズムを刻みながら聞こえる心音は、冷酷で残忍だと教えられた魔王のそれとは思えないほど穏やかだった。
(私はあなたのイヴじゃないのに…)
イヴはそう思いながらも、少しラファエルの想う“イヴ”が羨ましいと思った。ラファエルの腕の中で心地良さを感じていたのも束の間。
「さぁ、おいで。着替えを用意させよう。魔界でその服は目立つ」
にこやかにそう言ってイヴの手を引くラファエル。
「ちょ、ちょっと待って下さい」
引かれる力に抗うイヴは焦りの色を浮かべながらラファエルを見上げた。
「あ、あの…私は天界へ戻れないんですか?」
イヴが恐る恐る聞けば、ラファエルは綺麗な眉をしかめ明瞭な声で言い放つ。
「君を天界へ帰すつもりはない。神の元へなど……」
「そんな…」
神を憎んでいる様子のラファエルを前に天界へ戻りたいなど言えるはずがなく、イヴは絶望感にかられた。
「大丈夫だイヴ。ここでの暮らしにもすぐに慣れる」
頬にかかる長い指。真摯なアメジストの瞳が冗談ではないと語っていた。“イヴ”と信じられている今はここにいるしかないのか。イヴが何も答えられずに口を噤んでいると、部屋の扉がコンコンと控えめに鳴った。
「入れ」
「失礼いたします。ルシファー様、魔界に不穏な気配が……」
ラファエルの声に入室したのは四枚羽の悪魔だった。その悪魔は入ってくるなり何かをラファエルに伝えようとするが、その言葉はイヴを視界に入れたところで途切れた。四枚羽の悪魔は一瞬目を見張ったが、次の瞬間には細められる。