孤高の天使
「ほう……四枚羽の天使」
舐めるような視線がイヴの全身を這う。口元にうっすらと笑みを浮かべるその悪魔にイヴは身震いし、反射的にラファエルの黒衣をギュッと握る。ラファエルは慈愛に満ちた笑みを浮かべながらイヴの髪をそっと撫で、四枚羽の悪魔に向かって口を開く。
「アザエルどこへ行っていた」
「自室でございます」
低く部屋に響き渡るラファエルの声にも動じず、アザエルと呼ばれた悪魔は平然と答える。床につきそうなほど長い黒髪。闇に住まう者だからか肌は白く、怪しく揺らめくワインレッドの瞳。外見はラファエルよりもずっと年上に見えた。
「何度かお前を呼んだんだがな。聞こえなかったのか?」
鋭く目を細め、穏やかな口調の中にも冷徹さを含むその姿は、やはりラファエルは魔界の王だ。先ほどイヴに向けていた柔らかな表情など欠片もなかった。それほどにアザエルを見据える瞳は冷酷で冷めている。
しかし、アザエルは動揺するそぶりも見せず、腰を折って頭を下げる。
「力を使うことに集中しておりましたゆえ。すぐに参上できず申し訳ございませんでした」
「まぁいい。それで、魔界に不穏な気配があるとはどういうことだ」
「魔界の存在を揺るがしかねない者が現れました」
不敵な笑みを浮かべるアザエルは何故かイヴを見据える。
「それはどういう意味だ」
説明しろと言わんばかりに睨むラファエルにアザエルはますます笑みを深める。
「そちらの四枚羽の天使。私の予言ではその天使が魔界を滅ぼしかねないと出ました」
「私が…魔界を滅ぼす?」
「はい」
自信に満ちた様子で即答するアザエルにイヴは焦りにも似た不安がこみ上げる。アザエルは予言の力を持った悪魔なのだろう。天使にも予言の力を持った者がいて、その者の予言は良く当たる。
「そんなこと出来るはずありません。私は四枚羽ですけど聖力も小さいですし、何の能力も持っていません。そんな私が魔界の脅威になり得るはずがないです」
「そうだと良いのですが」
笑みを深くするアザエルにグッと怯むイヴ。予言に根拠が不要だといわれるだけに不安になるのだ。