孤高の天使
血のようなワインレッドの瞳に紛れもない恐怖を感じていると、ラファエルの片翼がイヴを包むように広がった。
これにはアザエルの笑みも一瞬強張り、ジリ…と一歩後ずさる。そして、静かな怒りを湛えたラファエルが口を開く。
「イヴが魔界の脅威になり得ようとなり得まいと関係ない。お前の予言も“その時”になれば分かるだろう」
「本当にその時がきた時、魔王様は可愛いあなたのしもべたちを差し置いてその天使に肩入れするのではないでしょうね」
ラファエルは鋭い視線でアザエルを一瞥し、怯えた様子のイヴに微笑む。
「君は安心して俺のそばにいればいい」
その優しい眼差しにイヴの胸が小さく呼応し、今までに感じたことのない動悸に襲われた。
「アザエル、イヴが魔界に堕ちたことは外へ洩らすなよ」
「心得ております」
ラファエルの忠告にただ一言そう答えるアザエル。頭を下げたため表情は読めない。
「分かったのなら下がれ。それから…今後この部屋へ無断で立ち入ることは禁ずる」
「畏まりました、我が主」
黒いマントの端を持ち恭しく礼をして、霧のように闇の中へ消えたアザエル。アザエルが部屋からいなくなったのを見計らって、ラファエルの六枚羽が闇に紛れて消える。張りつめた空気が幾分かましになったかと思った瞬間、部屋の扉がけたたましくなって開いた。
「ルシファー様!」
部屋に駆け込むなり大きな声を上げる二枚羽の悪魔。酷く慌てているその悪魔はルーカスだった。ルーカスは肩を揺らし、息も切れ切れに頭を持ち上げた。
「四枚羽の天使が迷いの森に……って、そいつです!」
あーッ!と叫びながらイヴを指差すルーカス。イヴがその声の大きさに反射的に肩をビクッと震わせれば、ラファエルがそっと耳元で囁く。
「イヴ、羽をしまうんだ。魔界ではその四枚羽は目立つ」
イヴはルーカスに睨まれながらラファエルのいうとおりに羽をしまう。パンッと光の粒子になって消える四枚羽。すると「いい子だ」といってイヴの頭を撫でるラファエル。