孤高の天使
「ハデス、余計なことを吹き込むな」
「余計な事とはなんだ。俺だって巻き込まれてるんだ、これがイヴかどうか俺にも確かめる権利はある」
「間違いなくイヴだ」
ラファエルは凄味のある声で断言し、ハデスを睨むように見据えた。しかし、イヴの方へ視線を移した時には優しい眼差しに変わる。イヴは自分だけに見せるラファエルの優しさに動揺せずにはいられなかった。
「イヴ、こちらへおいで」
差し出される大きな手。アメジストの瞳に囚われた様に目が離せない。ラファエルの言の葉には逆らえない何かがイヴの心の奥底に潜んでいるようだった。
催眠術がかかったようにラファエルの方へ踏み出そうとした瞬間、突然腕を掴んだ感覚に我に返った。
「きゃッ!」
「ハデスッ!」
「確かに…似ているな。他人の空似だと思っていたが…」
ハデスは声を荒げたラファエルを気にした様子もなく、イヴの顎に手をかけ顔を上に向かせる。
「お前は誰なんだ?」
「私は……」
灰色の瞳に見据えられ、イヴは言葉に詰まる。つまるところ、イヴにも自分の存在が分からなくなっていた。下級天使のイヴであり、天界の聖なる母樹から生まれ育った天使。ただそれだけの存在だった。
数十分前までなら―――――
しかし今はラファエルだけでなくハデスまで“イヴ”という名の他人と重ねる。身に覚えもなく、記憶すらないにもかかわらず、揺れている自分がいたのだ。
「どうなんだ?」
握られた手首が痛みよりも、追及する瞳が怖かった。グレーの瞳は吸い込まれそうなほど深く、イヴは言葉に詰まったまま立ち尽くした。
「ハデス…手を離せ。イヴが怯えている」
助けの手を差し伸べてくれたのはやはりラファエルで、明らかに怒りを含んだ声色だった。しかしハデスは聞き入れるばかりか、ラファエルの反応を面白がっている。
「まぁ待て、俺にもよく確かめさせろ」
ラファエルを手で静止するハデス。