ぼくのピペット
 

部屋へと続くコンクリート踏みしめるたび、靴に隙間なく染み込んだ雨水が内側へと滲み出る。

そのまま靴下へと染み込んでいく感じがなんとも気持ち悪い。

ああ、傘持ってけばよかったな。

私は朝の小さな失敗を後悔した。



「ただいまー」

何にも阻まれぬまま返ってきた声がやけに無機質で、家に誰もいないことを物語っていた。

靴下を脱がずにリビングに行くと、テーブルにメモとご飯が置いてあるのが目に入る。

『今夜も仕事だから帰ってこれません』

いつも通りの少し汚い母の字。

少し他人行儀の文面。

これを見たのは今日で何度目だろうか。

――わからない。

それくらい前から、これは行われていた行為だったのだと思う。


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