ぼくのピペット
それでも一度見ると何度でも見てしまうんだから、こういうのは不思議だ。
それからというもの、幾度も母が男といるところを目撃した。
腕を組みながら歩いていたり、じゃれあっていたり、時にはキスをしていたり。
毎回違うドレスに身を包んだ母と、スーツを着たいかにも会社の中でも偉そうな男、という組み合わせだった。
そして全てを悟った。
必然だったんじゃないかと思う。
父親と呼べる人とは八年も前に離婚をしてしまったし、母は元々若い頃に両親の反対を押しきって結婚した人間だから、お金の宛てもない。
兄弟だっていない。
父親から毎月送られてくる養育費だって微々たる額で、家賃で潰れてしまうほどだった。
そこで彼女は定職に就くことを考えたのだろうが、ただでさえまだ男女の格差が残りつつある社会だ。
さらに高校中退という不利なハンデを背負っている。
そんな彼女がちょっとやそっと働いただけで、生活していけるほどのお金を稼げる職場など、ないに等しかった。