知らない夜
***
とりあえず駅に向かって進んだ。このお兄さんは妙な勘の良さを持っていたので、迷ってはならない気がしたから真っ直ぐ向かうことのできる場所にした。
中学生になって駅の利用回数も増えた。小銭を握り締めれば、どこにだって連れって行って貰える気もした。
まだ私の知らない世界は無数にある。こんなにも住み慣れて街でさえも、こうして歩いてみると知らないことばかりで、自分のちっぽけさを感じる。知らないこと。
本やテレビでしか見たことがないもの。
暖房の効いた部屋か、しっかり着こんだ状態でしか寒い夜なんて経験したことなんてなかた。秋ってこんなに寒いんだなあ。
「あそこでなにしてたの?」
不意に話を振られ、月を見ていた顔を声のするほうへと向ける。
黙々と主人を駅へと案内する盲導犬と、前を向いて歩く目の見えないお兄さん。両方とも、知らない世界。
「悩み事です。」
「へえ、どんな?」
「10代女子に限らず、女の子はつねに恋に悩んでいるんですよ。お兄さんって彼女とかいますか??」
「とか、って曖昧だね。彼女ならいるよ。」
「質問を2つ、いや3つしてもいいですか?」
「答えられる範囲であれば。」と微笑んでこちらを向く。相手を見るって行為には、相手を確認する意味以上に自分を確認して貰う、そっちの意味のほうが強い。私を見ることの出来ないお兄さんが微笑むことでそう思えた。
「お兄さんっていくつなんですか」
「今19歳だよ。」年齢以上に大人びて見えるのは、落ち着いた雰囲気からか。
「あと、今付き合っているかたにはなんて告白したんですか?」
情けない話なんだけど、と切り出し「僕から告白したわけじゃないんだ。僕は鏡を見ることすら出来ないからね。告白なんて、出来やしないよ。」
「どんな風に告白されたんですか??」
「行き先とかは省くけど、僕って視力がないから口にあめを入れられたんだ。あれは梅の味かな、そしたらね、今の私の気持ち。って言われてさっぱりなんのことかわからなかったんだけど、次に恋って甘酸っぱいんだよ。って言われてそういうことか。って気づいた。」
もはやその話が甘酸っぱいと思いながら聞いていた。駅に近づいてきて、踏切の音が聞こえる。
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