鳴かぬ蛍が身を焦がす

数日経ったある日。

思ってもみなかった人物から電話がきた。

『久しぶり……だな』

耳元に残る低い声。

もうこの先聞けないんだなと泣きながら覚悟したあの声だ。

「先生……」

何で今更?

私の胸は複雑な気持ちで溢れた。

『あのさ、土曜日空いてる?』

学校の帰り道。

すでに桜の季節は終わり、木々には緑の葉がついて大きく音を立てながら揺れている。

「土曜日……ですか?」

会って今更何を話すんだろう。

子供が成長した話?

それとも夫婦円満の家庭を見せ付ける為?

私の心が大きく揺れ動く。

頭の中で色んな葛藤がうずめき、私はうまく言葉を返せずにいた。

『どうしても話したい事があるんだ』

相手も真剣なのかその声に何一つ迷いが無い。

『響子に会いたいんだ』

久しぶりに男性に呼ばれた自分の名前。

色んな思いが絡む複雑な気持ちとは裏腹に、
胸が一瞬熱くなる思いがした。






次の日。

「ダメだ……」

私はため息混じりでパタンと優しく小説を閉じた。

先生からの電話以来、何をするにも集中力がかけてしまう。

勉強していても、親友と話していても、こうやって本を読んでいても。

約束の日は明日。
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