プリズム ‐そしてドラム缶の中で考えたこと-
「香山さんどうして髪を緑に染めたんだい?」

「桃太郎」
「聞いてください香山さん」
「聖徳太子」
「音羽君と一緒にそうして」
「ソクラテスの悪妻」
「君と音羽君はどんな」
「メーテルリンク」
「香山さん聞いてください。君のお母さんもね、君のことをね、心配してるんだよ」
カチリと何かの音がした。
「焼き芋」
「焼き芋?香山さん?君と話がしたい。君と僕は話せないのかな?」
「金太郎あめ」
「ねぇ、ちょっと香山さん」
沖岡は香山さんの声に戸惑いながら必死に声を掛けている。
僕はその様をまざまざと想像してみる。沖岡は舞を踊る様に手を振っている。
それは鳥の様でもあったし、お酒に酔っている様でもあった。
空はもう暗い。
僕はまるで地中に在る様な不思議な感覚に襲われた。
僕は缶中で孤独を感じ、縋り付く様に香山さんの言葉を求め、そしてそれを復唱した。
僕と香山さんの声が連なってゆく。

「一休さん」
「一休さん」
「毛沢東」
「毛沢東」
「ゴリラの手首」
「ゴリラの手首」
「冥王星」
「冥王星」
「バナナ」
「バナナ」
「エビ」
「エビ」
「ペルチャード」
「ペルチャード」

僕たちの奇妙な二重奏は延々と続いた。
沖岡もいい加減腹が立ったのだろう、僕のドラム缶を力一杯蹴飛ばした。
「出て来い!顔を出せ!」そう怒鳴り散らしている。
僕達はそれでも続けようとしたが、そのうるささの為に香山さんの声が僕に届かなくなり、二重奏は途絶えてしまった。
今度は沖岡の声、ドラム缶の撲打音は絶え間なく二重奏を奏でる。
その間隙から啜り声が聞こえる。
香山さんが泣いている。
沖岡はそんな事にも気付かない。
やがて沖岡は僕の髪の毛を鷲?みにして、ドラム缶の外へ僕を引き釣り出した。

「いたいっ!いたいんだよ!」
僕は叫んだ。
沖岡の手に引き抜かれたぼくの髪の毛が残っている。
それを見て沖岡は、厳しい目付きをして、「お母さんから許可を得ている」そう言った。
< 23 / 37 >

この作品をシェア

pagetop