狼少年の話
「うむ、とりあえずお前さんは帰りなさい。ルカは話があるから残っておくれ」
ドクがそういってカガミをドアまで見送り、ルカと2人になったところで漸く落ち着いたように息を吐いた。
外はまだ陽が高く、窓から暖かい陽光と涼しげな風が入ってくる。
カガミが村を出ようと歩を進めていると、後ろから声が聞こえた。
「あの、待って下さい…!」
振り返ると髪を2つに結った少女が息を切らせてこちらへ走ってくる。
カガミは足を止めて少女が追いつくのを待った。
「はぁ…、ありがとうございます。すみません、呼び止めてしまって…」
少し疲れを残しながらも、少女はカガミを見上げて少し微笑んだ。
「いや、気にしなくていいさ。何か用か?」
目の前の少女に軽く胸が高鳴ったことに内心少し焦りながら、カガミは勤めて平静を装った。
「あの…、狼の話なんですけど…」
言いにくそうに話し出す様子に、カガミは苦笑する。
「あぁ、騒がせて悪かったな。村長にもしっかり怒られた。もう狼はいないって…」
「違うんです!」
少女の言葉にカガミは目を見開いて驚くと、小さくごめんなさいと呟いた。
「狼は…本当にいるんです。ただ、今はどこにいるのか分からなくて。村長さんは皆を恐がらせないために秘密にしてて…。でも、1匹だけ、確かに生き残りがいるんです…!」
「…信じられる程の証拠はあるのか?」
カガミは少女の目を見て問いかけた。
今度こそ真実を確かめるために。
「私はこの目で見ました。見失ってから見てませんが、この村の近くで確かに」
少女もまた、真実を伝えるためにカガミの目をまっすぐに見つめた。
その目に偽りは見えない。
「分かった。君を信じよう。俺の村人達と話して警戒態勢をとっておく。村長には言わないでくれ」
カガミはそう言うと村を出ていった。
残された少女は安心したような、だがどこか諦めにも見える表情をしていた。