メイドさんの恋愛事情
「妃菜、今日遊んでから帰らない?」
帰るとき、唯が誘ってくれたけど。
「ごめん、今日バイト…。」
今日もメイドカフェでバイトなあたしはひたすら謝る。
唯にもあたしがメイドカフェで働いてることは話してない。
やっぱり、軽蔑とかされたら嫌だし…。
「そっか、ならしょうがないね。バイト頑張ってね!」
笑顔でそう言ってくれる唯に罪悪感を感じながらも、バイトへと急ぐ。
今日は帰りのホームルームが長引いちゃったから、時間がない。
メイドカフェに飛び込むと、急いでメイクを始めた。
「あれ?妃菜ちゃん、何でここにいるの?」
マスカラを塗っているときに、後ろから響いた脳天気な声。
後ろにいたのは店長さんだった。
「え?どういうことですか?」
今日は金曜日だから、あたしの出勤日なはずだけど…。
「今、会長の息子さんが来て、あなたをやめさせるって言ってたのよ。妃菜ちゃんがやめたいって言ったからだって。」
あたしが勤めてるメイドカフェは川瀬グループっていう大企業の子会社だ。
だから会長の息子さんっていうのは、すごく偉いはずで、あたしと面識がある訳がない。
会った覚えもないし…。
「待って下さい!私やめたくないです。」
せっかくいいバイトなのに、絶対にやめたくない。
「そう言われてもねぇ…。だって言われてるのよ、もう妃菜ちゃんを雇うなって。」
困ったように言う店長さん。
納得はいかないけど、お世話になった店長さんを困らせる訳にはいかない。
もしかして、あたしどこかで会長の息子さんを怒らせちゃったのかなぁ……。
それで、クビ?まさか……。
パニックになった頭で色んな考えは浮かんだけど、全然よくわからない。
とりあえずは、店長さんに迷惑をかけちゃいけない!その思いが強くて。
「……わかりました。今までお世話になりました」
スカートをギュッと握りしめて、困り顔の店長さんに頭を下げた。
あたしは急いで荷物をまとめ、カバンを持って店を出た。
塗りかけのマスカラが、涙とともに黒い液体になる。
悔しい。
なんであたしがやめなきゃいけないの?
会長の息子さんと会った覚えなんかないし、それに怒らせた覚えだってない。
あたしは16歳だから、働ける年齢だし、学校に許可だってちゃんと取ってる。
なのに、どうして…。