花かがり【Hana Uta】
Ⅴ.林 檎
夏の匂いを感じると、あなたと過ごした記憶が蘇る。
林檎の樹の下で、私達は儚い愛に溺れた。
毎夜、満天の白い花を見ながら、私達は互いの躰を貪る。
ひらひら舞う花びらの中、厭きもせず戯れながら幻想の世界へといざなうのだった。今でも、強い香りの花を嗅ぐと、あなたの体臭を思い出す。

あなたに抱かれる度に、もっと抱かれたくて、抱かれているのに、もっと強く抱かれていたくなる。
私の欲情は、とどまることなく、何度、絶頂を迎えても満足することない。もっと、あなたを激しく求めていたい。

私達は、言葉なんていらない。互いに躰をむさぼり合い、ただ壊したかった。この欲情を。
だから私は、あなたの背中を爪で傷付けた。血が流れ出すまで。
傷に傷を作り、深く深くあなたを引き裂く。真っ赤な血が零れ落ちるまで、傷付ける。
溢れ出す深紅な液体を、舌を這わせ綺麗に拭う。
私達は、そんな戯れを繰り返す。

行為を犯す度に、底無し沼へと落ちてゆく。
二度と戻れない場所まで、二人静かに沈む。
上にも下にも、身動き出来ずに私達は、ただ一つに結合することで、互いの愛を確かめる。そうする他、スベがないのだ。

私の怒涛の欲望は、更に膨らみを帯び、自分ではどうすることも出来なくなっていた。
熱く熟れた果実は、甘噛みだけじゃ満足出来ず、甘い蜜が溢れ出すまで、焦らし焦らされたい。
そして、あなたに赤い実が熟れて朽ち果てる前に、食べて欲しい。赤い実が熟れて落ちる前に、残酷に傷付けて欲しい。

林檎の花びらと共に、あなたの海で溺れたいから…



< 45 / 48 >

この作品をシェア

pagetop