もう1度~私と先生と桜の木~
「胸張って堂々と歩くんだぞ!」
前のほうからよーたくんの声が聞こえて。
列が動き出した。
ドキドキという心臓の音を感じながら
大きく息を吸い込んで体育館に足を踏み入れる。
正直、そこからの記憶はない。
校長先生が何かを話していて。
偉い人も何か話していて。
でも、そんな話の記憶は一切なくて。
ただ、ぼーっとしていた。
…いや、そうじゃないや。
ただ、よーたくんの横顔を見つめていた。
卒業式の最中、1度だけよーたくんと目が合って。
よーたくんは今までの中で1番優しい顔で笑顔を向けてきた。
その笑顔にドキッとして。
みんなが真面目な顔をしているときに私1人だけ顔を真っ赤にして俯いていた。
「奏さあ」
「え?」
式がもうすぐ終わろうかと言うときに隣に座っていた類が話しかけてきた。
「最後だから、教えてほしいことがあるんだけど」
「うん…何?」
「前は言わなくてもいい、みたいなこと言ったけどさあ。
でもやっぱり気になるから聞くわ。
お前、よーたくんのこと好きだろ?」
類の顔が見れなかった。
ずっと、隠してたことだったし、
言うつもりもなかったことだったから。
でも、私は自然と頷いていて。
それが精いっぱいだった。
『よーたくんが好き』
なんて言葉に出すにはあまりにも恥ずかしすぎることだった。