もう1度~私と先生と桜の木~
「…ただいま、お母さん」
あれから数時間が経過し、
辺りが少し明るくなった時間。
理子の実家のリビングでは理子のお母さんがやつれた顔で座っていた。
「お帰り、理子。」
そう言ったお母さんは痛々しい笑顔を浮かべた。
「ご無沙汰しています」
「…あら、翔馬くん」
「この度はなんと言っていいのか…」
「ありがとうね。こんな時間にわざわざ。」
「いえ…大丈夫です」
きっとお母さんは俺たちが別れたことを知っているだろう。
でも、不思議そうな顔もせず俺を受け入れてくれる。
なんて温かいんだろう。
「お父さんの顔…見てやって」
理子がふすまの奥へと消えて行く。
そしてほんの少し開いた隙間から理子が泣く声が聞こえた。
「あなたのこと、気に入るっていたの…お父さん」
「そう、だったんですか…」
全然知らなかった。
でも今思えば、俺が来た時お父さん、いつも笑顔で迎えてくれてたっけ。
「だからあなたも、主人の最期の姿…見てやって」
お母さんに一礼して、ふすまを開ける。
理子の隣に座って肩を抱き寄せる。
冷たくなってしまったお父さんを見て。
理子は何を感じたんだろう。
俺は、素直に泣けないよ。
だって言えなかったんだ。
『理子を僕にください』
って。