君と桜と
いつもなら曲を弾き終えるまで手を止めることはないのだけれど、この時ばかりは、いてもたってもいられずに部屋を飛び出すと、一階へ駆け下りた。
「奈緒、そんなに慌ててどうしたの?」
「ちょっと出掛けてくるねっ!」
リビングからのんびり問いかけたのは、お母さんだ。
奈緒は止まることなく返事をすると、玄関に向かいながらブレザーを羽織った。
家を出ると、まだ寒い春の夜道を全力で走った。
「あらあら、遅刻しそうな時でも走らない子なのに。どうしたのかしらねえ。」
返事もそこそこに走っていく様子を見て、奈緒の母は1人、首を傾げていた。
祈る事しかできないなら
精一杯祈ればいいんだ。
私に、出来ることを。
やらないで後悔するよりは
思いきって行動するべきなんだ。
奈緒を突き動かす感情は、紛れもない本物の恋だった。