君と桜と
奈緒は家に帰ると久しぶりにピアノの前に座った。
カタン。
ふたを開けると規則正しく並んだ白と黒の鍵盤たち。
勉強が嫌いな奈緒が、逆に大好きだったもの。
鍵盤に指をのせ、静かに息を吸う。
そこからはもう、指が勝手に動いてくれる。
ピアノの音に引っ張られていくように
色々な感情が湧きおこり、心の中を駆け巡る。
奈緒は3歳でピアノを始め、小さい頃は毎日のようにピアノに向かっていた。
学校の部活に入った事がないのも、ピアノの時間を削られるのが嫌だったからだ。
奈緒にとってピアノを弾いているときが一番感情をむき出しにして、自分らしくなれる時間だった。
言葉では表しきれない様々な感情を音にのせ、それを聴くことでストンと自分のものにできる気がしていた。
・・・大きくなった今はそんなピアノが苦痛でしかたない事の方が多いのだけれど。
今日は不思議と心から弾きたいと思えた。