君を忘れない
「・・・ありがとう」


おっちゃんが下を向き、涙がかなりの勢いで流れ出してきた。


「死ぬって言われたのに、なんでこんなに気持ちが楽になっているんだろうな」


その言葉を出している顔は、涙は流れているものの笑顔だった。

死を宣告されて、涙を流し、笑顔・・・



俺は自分の死を宣告されたとき、こんなにも自分の感情を表に出さなかった。

いや、出せなかった。

涙を流さなかった自分にとてつもなく嫌悪感を抱いたことを今でも覚えているし、目の前のおっちゃんが少し羨ましく思えた。


「本当のことを言われないのも大変だな。

俺はまだいいほうか」


「まだいいほうって、それじゃ兄ちゃんも・・・」


思わず口に出してしまった。

別に隠しているわけではないのだが、あまり知られたくもないことだ。

でも、おっちゃんも話してくれのだから、俺のことも話してもいいか。


「俺は六十年近く生きてきて、兄ちゃんは二十年ちょっとだろう。

世間から見れば俺のほうが長く生きたと言われ、確かに長く生きたことは事実だ。

けど、二十年生きようが、六十年生きようが、その人の尺の長さってのはきっと同じで百なんだよ。

慰めじゃねえ、これはうちの親父が四十五で死ぬときに言ってたんだ。

それとも、親友の俺にこんなこと言われるのは嫌か」


おっちゃんは笑顔というよりは、何かを企んでいるようなニヤけた表情だ。


「同じ百なら二十二の俺のほうは中身が濃いってか」


二人揃って大笑いした。

また、一人・・・俺にとってかけがえのない人が一人増えた。
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