君を忘れない
「おい、いるか」


ノックもせずにぶっきら棒な挨拶で人が入ってくる。


「ここは俺の家でもなければ、俺だけの病室じゃないんだぞ、おっちゃん」


「まぁ、いいじゃないか。

さっき、色黒のねえちゃんが来たぞ」


その言葉を聞いて、無意識に立ち上がろうとした。

しかし、そんな簡単に立ち上がれるわけもなく、前にのめり倒れるようになった。


「おいおい、そう興奮するなって。

ちゃんと渡したよ」


「そうか・・・

ありがとう」


そのままベッドに仰向けになり天井を見つめながらため息をつく。


渡せたか・・・

よかった。


さっきまでちょうど心配していたこともあって、かなり気が抜けたようだ。


「しかし、病室を変えただけで、実家帰るのは一週間後なんだろ。

そこまでして、ねえちゃんに会わないって、お前ら仲良かったのに」


「これでいいんだよ」


おっちゃんの言いたいことを遮って言った。

天井に小さな二・三センチくらいの小さい穴を見つけて、どうやったら天井に穴なんか開くんだと思ったら思わず小さく笑ってしまった。


「実際に会うよりも、会わずに手紙で書いたほうが言いたいことが言えることもあるんだよ」


格好良く言ったつもりだが、実際は直接会ったら泣いてしまいそうだなんて、おっちゃんには恥ずかしくて言えない。

そんな自分が面白くて、また笑ってしまう。

今日は笑いのツボが随分と浅いらしい。


「今日は随分とご機嫌だな」


おっちゃんも俺の笑いに気づいたらしい。

ご機嫌なのかどうかは分からないが、今日は本当に笑っていたい気分だ。
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