君を忘れない
アパートを出ると、少しひんやりとした空気が肌に当たった。

先月までは夕方でも暑苦しい空気だったのに、9月中旬の今では過ごしやすくなっていた。

時間が経つのは本当に早い・・・


「そういや、美波にユニフォームを貸したら、あいつに悪いな」


悪戯っぽく笑いながらこちらを見てきた。


(あれ、もしかしてこの人はまだ知らないのかな)


「別に大丈夫ですよ」


「やばい、やばい。

今日一日あいつの目が怖いよ」


どうやら、私たちが別れたのを本当にまだ知らないらしい。

まあ、知ったところでこの人はきっと何も変わらずに接してくれるだろうから、別に今ここで言ってもいい。



けど、私の口の中からそのことは出てこようとしなかった。

この場で知ってしまったら、さすがのトラさんでも表情が曇り、私のことを心配してくれるだろう。

今はこの人の笑顔をずっと見ていたいという思いがどこかあり、別にこのままでもいいと思った。



いや



このままがいいと思った。
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