君を忘れない
携帯が鳴り、ポケットから取り出そうとしたが、聞き覚えのない着信音で私ではないことに気づいた。


「四盛からメールだ。

やべっ、いつの間にかこんな時間になってる」


持っていたジュースを一気に飲み干し、ゴミ箱に向かって投げると、綺麗な弧を描いて直接入った。


「わりい、俺から呼び出したのに」


「いいですよ、早く行ってあげてください」


「サンキュー。今日は本当にありがとうな」


全く、この人はどこまでお人よしなのだろうか。

こっちがお礼を言いたいくらいなのに、自分から言ってしまうなんて。


「気を付けてくださいね」


慌しく原付にまたがり、トラさんは去っていってしまった。


(きっと、あの人もまだ辛いんだろうな)


遠ざかる原付はさっきまでの笑顔とは違い、どこか寂しい感じに見える。

あの人はまだ弥栄を背負っているのだろう。
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