君を忘れない
「でも、不思議なものですね。

マイク使って歌ったらそうでもないのに、マイク無しだと凄く惹き付けられちゃうんですよね」


「そうそう。

電車で歌っていたときはあんなに上手く聞こえたのに、カラオケではそうでもなかったからな」


こいつら好き勝手に言いたいこと言いやがって。

あの日は電車で散々歌ったから、既に疲れ果てていたからだよ・・・

と言いたいところだが、自分でもカラオケはそんなに得意じゃないのは分かっているつもりだ。


「まっ、そこがトラさんの良いところじゃないの」


訳も分からない締めくくりをされた気分だが、写真をもう一度見て「それもそうだな」と勝手に自分で納得してしまった。


「ところで、さっきまでどこ行ってたの」


八月三日から一気に現実に戻されてしまった。

まあ、戻されても何らショックを受けるようなことはないのだから別にいいけど。


「美波と話してた」


そう言うと、かよっぺと小山は驚いたような表情でこちらを向いた。

そんなに驚くようなことなのだろうか。


「この人、相変わらずだから美波が別れたの知らなくて、付き合っているつもりでからかっちゃったんだって。

大方、そのことを謝りにでも行ってたんでしょ」


シャワーを浴びる準備をしながら、四盛が二人に説明するように言う。


「そういうことか」


二人は何故だか安心したような表情をして、また就活の資料に目を戻した。
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