君を忘れない
「大学生の男の子と、幽霊の女の子の話でしょ。

俺、あの話好きだもん」


そう言いながら、ベンチで腕立て伏せを始めてしまった。


「全く、普通は女の子と二人でいるときにそんなことしませんよ」


冗談のつもりで言ったのだが、トラさんの表情は真剣な表情だった。


「そうだな。

でも、今は普通じゃいられないんだ」


その表情と言葉で競艇学校の試験が来月ということを思い出した。

こんなトラさんを私は初めて見た。

この人はこんなにも夢に真剣に向かっているのだ。


「す、すみません」


「悪い。

試験前でピリピリするのはまだ早いのに、駄目だなあ」


そういうと、またいつもの笑顔に戻った。

夢と逃げずに正直に向き合い、そして向かっているトラさんが羨ましくてしょうがない。


「美波、演技めちゃめちゃ上手いな。

俺、冗談抜きにさっき泣きそうになったもん」


笑顔でこちらを見ているトラさんは、お世辞や表面だけの言葉ではないと分かる目をしている。

この人のこういうところが私は先輩としてずっと好きだ。


「さっきのだけじゃない。

たまに体育館の二階の廊下とかで一人で今みたいにやっていたろ。

俺、何回か勝手に見させて貰っていたけど、それもすげえなって思ってた」


誰にも見られていないと思っていたので、急にそれをやっていたことが恥ずかしくなってきて、思わず下を向いてしまった。

まさか、トラさんに見られていたとは思いもしなかった。
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