君を忘れない
「おっ、江戸川・戸田・平和島・多摩川って全部やっているよ」


江戸川とか多摩川とかと言われても何一つピンとこなかった。

とっさに競艇とは川を使っているのかと思った。


「どれがいい。

競艇の魅力である一マークの迫力ある攻防が間近で見られる、江戸川競艇場。

競艇の決まり手の華であるまくりがよく見られる、戸田競艇場。

そのシリーズの優勝者を決める優勝戦がある、平和島競艇場。

俺がよく行っている、多摩川競艇場」


そんなことを言われても何一つ分からない、初心者なのだからそれが当り前なのだ。

そう自分で勝手に決めつけると、意味もなくちょっと安心した。


「じゃあ、トラさんがいつも行っている多摩川競艇場に連れて行ってください」


「オッケー。

じゃあ、明日の10時ちょっと前に迎えに行くから」


そう言うと、ベンチから立ち上がりストレッチをし始めた。


「悪いな。俺、まだランニングの途中だから」


「どこまで走るんですか」


ちょっと困ったような顔をして考えてしまった。

どこまで走るのか決めていなかったのだろうか。


「ちょっと、ここで休んだから距離伸ばして狛江辺りまで走るかな」


そう言うと、笑顔でトラさんは走って行ってしまった。

その後姿が向かっている夢を明日私は実際に見て一体何を思うのだろう。

ちょっとだけ期待している私がいるが、一体何を期待しているのだろう。



そんなことはどうでもいい。



何も変わらなくてもいい。



トラさんが向かっている夢を明日は見よう。
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