君を忘れない
かなり激しいレースになった。



四号艇がまくりにいき、隣の五号艇がその内をまくり差す展開となった一周一マーク。

競艇は一周一マークでほとんど一着が決まってしまうのだが、このレースは最後の最後まで一着争いがもつれる、見ている者にとっては手に汗握るレースだった。


「競艇って、凄いですね」


終始、興奮しっぱなしだった美波だったが、どうやらまだその興奮が冷めないのか弾んだ声でこちらに話しかけてきた。

手すりに身を乗り出している美波は普段の大人びた姿とは違って、子供のような姿だった。


(こんな風にはしゃぐこともあるんだな)


普段とは違う姿に少々戸惑ったが、もしかしたらこれが美波の本当の姿なのかもしれないと思うと、何故だが自然に納得してしまった。


「美波は運がいいよ。

今みたいなレース、そうそう見れるもんじゃないよ」


そう言うと、更に身を乗り出して試運転に出ている選手を目で追っかけた。

ここまで夢中になる女の子も珍しいなと思ったが、あのレースを見たらこれが自然なのかもしれないと、あまり意味が分からない理屈で納得させた。


「これが、俺の目指すものだよ」


今の美波になら真剣に言っても馬鹿にはされないだろう。



競艇の話をすると、何故かうちのサークルの人は笑う。

ましてや、競艇選手を目指すことを話そうものなら、笑われるどころか呆れて話題を変えられてしまうこともよくある。


(お前らに競艇の何が分かる。

真剣にこういうことに向き合ったことあるのかよ)


その度にずっと心の中で強く思ってきた。

今の美波なら少しは分かってくれる気がする。
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