君を忘れない
しばらく沈黙が続いた。



僕には結構な決心で言ったことなのだが、美波にとっては何にもないただの一言に過ぎない。

今の一言での沈黙ではないということは分かっているのだが、この沈黙は妙に緊張してしまう。


「凄いですね」


水面を見つめたまま美波は、水面というよりはどこか遠くを見ているようだった。

スタンドの対岸、いや今見えているものというよりは何か違ったものを見つめているようだった。


「いや、凄いのは選手であって、目指している俺は全然凄くないよ」


素直な言葉だ。



競艇選手を目指してきて今まで何度か同じようなことを言われてきたが、本当に僕は何も凄くない。

目指すこと、それに向かって努力するということは誰にだってできるのだ。

だけど、実際に選手になってこうしてファンの目の前で走れるのは、努力が実った限られた人でしかないのだから、本当に凄いのは選手なのだ。


「十分、トラさんも凄いですけど、そういうことじゃないですよ」


まだ、遠くを見つめている美波が少し笑顔を見せた。


「そうやって目指しているもの、夢をはっきりと言えること。

もう、大学も三年・四年になるとそういうことって、なかなか言えなくなってくるじゃないですか。

現実的だったらつまらないし、少しだけ人と違って特殊なことだと馬鹿にされたりするし」
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