君を忘れない
最初はどうってことないだろうと思っていた。

どうせ、ちょっと休んですぐに帰れると思っていたが、俺が思っていたほど簡単には帰ることはできなかった。

医者から入院してくださいと言われ、家族の連絡先を聞かれ、次の日にはおかんが病院に来ていた。

何がなんだか訳の分からないまま、担当医だとかいう先生におかんと二人で呼ばれて・・・・・



涙は出なかった。

おかんは泣いたが、俺は自分が嫌になるくらい落ち着いていて、これからどうしようと考えていた。

死というものと直面したというのに、涙を流すことはなかった。

あの瞬間、神様は俺から命と涙を奪ったのだ。



今の戸田の病院に移ったのは、おかんの実家が近くにあるからだ。

本来ならば、地元の病院にすぐに移るのがベストなのだが、まだ俺はしばらくこっちにいたかった。

大学に入って三年、俺は一度たりとも兄貴と比較されることはなかった。



兄貴の弟としてではなく、知多慧介という一人の男として・・・



兄貴の呪縛がなく、自分を好きなように有りのままさらけ出せた。



俺という存在を認めてくれた、友達、大学、他にもたくさんの人や場所があるここが好きなのだ。

せめて、自分の足で歩けるうちはここにいたいのだ。
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