君を忘れない
レース前の時間はどんなレースになるのかワクワクするものだが、今日は淡々と過ぎていく。

レースを前にして、こんなに興奮しないことは今までで初めてかもしれない。

目の前を走っている選手たちには失礼だが、今の僕には水面から何も見えず、何も聞こえてこない。

ただ、病室でのハマがぼんやりと頭の中に消えては甦ってくるだけだった。



そんなとき、何故だか分からないが急にハマとよく歌っている歌が頭の中に浮かんできた。



そうか。



ようやく、病室での違和感の原因が分かった。

なぜ、僕はあいつのこの気持ちに気づいてやれなかったのだろう。


「なぁ、さっきのハマどう思った?」


かよっぺに突拍子もなく聞くと、そのときレース中だということに気づいた。

レース中にいきなりそんなことを聞いたからか、かよっぺは呆気に取られた顔をした。


「そこまで辛くはないって言っていたし、私たちに気を遣っている様子もなかったし・・・

でも、当たり前だけどあんまり元気なかった気がする」


それでも、すぐに真剣な顔に戻って答えてくれた。



そう、確かに辛くはないって言っていたし、気を遣っているわけでもなかった。



けど、違う。

あいつは今辛いんじゃない。
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