君を忘れない
「俺たちの前ではいつもみたいにしているけど、あいつ・・・

怖いだろうな」


水面から目を背けて、視線を足元に向ける。

こんな気持ちで競艇を見たくはない。


「そうだね」


かよっぺの優しい声が、スポンジに水が染み込むように胸にスーッと入ってくるような気がした。



あいつはいつもそうだ。

人前では何もしていないように見えて、誰よりも頑張っているのだ。

そんなあいつのために僕たちに一体何ができるのだろうか?

俺たちが行くことで、あいつはまた頑張らなければいけない。

それはあいつにとっていいことなのだろうか。


「もう、見舞いに行かないほうがいいのかな」


これ以上、あいつに頑張らせてはいけない。

一人のときは恐怖心と闘っているのに、更に頑張らせてはいけないのではないか。



咄嗟にそう思うと、今までそんなことを考えもしないで見舞いに行っていた自分が情けなくて、恥ずかしくて・・・


「それは違うんじゃない」


さっきの優しい言葉とは違い、力強さのある言葉を言い放ったよっぺの視線は真っ直ぐと向いていた。


「一人でいると怖いんでしょ?

ということは、お見舞いに誰も来なかったら知多さんはずっと怖いままだよ」


そうだ。

ずっと怖いままでいいはずがない。

それならば、まだ頑張っているほうが何倍もマシだ。
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