海と微熱の狭間で
午後三時には水族館を出て、二人はロンドン本店「S_lowS_now」に入った。


「S_lowS_now」はヨーロッパ各地で有名で人気のある喫茶店である。
かの有名なジョン・ホース氏がセンスのある葛城と組んだこともあるのだがそれだけではなかった。

レトロな外装や店内はどこか上品で、どの世代でも好きになってしまうのだ。


「わぁ……」

可純は久しぶりに訪れた店に歓喜をあげた。

壁一面に貼られた何千枚もある写真を見て回る。


モノクロのや色鮮やかな写真。
空の写真や砂漠の写真。
子供たちの可愛い笑顔が写る写真…


何種類もある写真に可純は息をのむ。

それには全部健司のサインがかかれている。
健司は人気のあるプロの写真家だった。そして高価な値段が付くだろうそれらは、葛城に送る分に限って無料である。


一番奥には壁に貼られた写真には負けるにせよ数のある大きな写真が飾られていた。


そのうちの一枚に可純は見惚れた。

迫力があり、かつ静かな朝の海…


「…それ、去年の俺の誕生日に送ってきた写真。海が好きって言ったら送ってきてさ」

ウミガメやクジラ、いろんな海の写真があるなかで、これに魅かれたことに自惚れてしまいそうになる自分に可純は歯止めをかけた。

「…キレイだね」
定休日なのか、誰もいない店内では声がよく通った。


葛城はじっと可純を見つめながら呟いた。

「…お茶にしようか」

海が見える窓際のテーブルに座る。

静かな波の音が心地良い。
葛城が厨房に向ったところで可純は鞄から小さな紙袋を取り出した。

シンプルなペンギンの型の入った銀のキーホルダー。
型の中にはめられた石がピンクとブルーでペアである。

こっそり水族館で買ったものだった。
葛城がペンギンのぬいぐるみに夢中になってる内に買っておいたのだ。



アパートの鍵につけるつもりだった。
鍵を取り出し、つけてみると少し古い鍵もステキなものになる。


可純は海を眺めながらふと微笑む。


今日は何だかよいことが起こりそうな予感がした。



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