海と微熱の狭間で
葛城が右手で艶やかな前髪を掻き分けた。

憂いを帯びた雰囲気の葛城はとても色っぽい。


「…俺、健司に酷い事してるよな?」
葛城が自嘲するように呟いた。


可純は葛城の手を取り、握られた指輪を持った。


「…でも、それは原野くんが望んだことだよ」
そして私たちも。



指輪を左手の薬指に嵌めた。

じっと熱のある瞳で見つめてくる葛城に笑いかける。
「仕方ないから結婚してあげる」

葛城が少し気まずげに、だけれども幸せそうに微笑んだ。
「…ありがとう」




曲が変わった。
そして、その瞬間それが可純にとって特別なものになった。

「この曲…」
葛城がああ、と声を漏らす。

「ジョージ・ロイ・ヒル監督って知ってる?」
「うん。スティングの映画を撮った人でしょ。ずっと前一緒に観たよね」

葛城は嬉しそうに頷く。
彼は二人の思い出を話すのが好きだった。

「そう、その監督の映画の主題歌だよ。アメリカのシンガーで…バート・バカラック…」

「曲名は?」
「雨にぬれても」

可純は思わず破顔してしまった。
「…いいなあ、この歌。思い出の曲になるね」
葛城がくすくすと笑った。
「そうかもな」
「よし。CD買って原野くんにもダビングしてあげよう!」

葛城が微笑んだ。
「うん」

その顔は、本当に嬉しそうだった。

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