海と微熱の狭間で
それは丘の上にぽつんと佇んでいた。



肌寒い風に可純は身を縮ませた。
秋用の薄手のコートでは足らない寒さだ。

可純はとなりで煙草を銜えている葛城を見た。
彼は温かそうなコートを着込んでおり、大きなポケットに両手を突っ込んでいる。

憂いに満ちたその表情は何とも言えぬ色気を漂わせている。


「寒いねぇ」
可純は北風にかき消されそうな小さな声で呟いた。
丘から見下げれば海が見えるこの場所は風が強い。

「そうだね」
葛城の声はどこか意識を感じられなくて、可純はもう一度口を開いた。

「煙草吸うの珍しいね」
葛城は煙草をたった一本だけを一年間吸わないことがある。
だが吸う時は沢山吸う。
そう、言うならば今日みたいに色々考え込んでいる時に。


「そうかもね」
葛城は小さく笑った。
「お義父さん結婚許してくれるかな」

葛城は綺麗になった墓を見ないで言った。

風で一輪だけの百合が揺れていた。

線香の香りが鼻につく。

「ダメでも絶対やるけどね」

葛城の程よく薄い唇に銜えられている煙草が不意に飛んでいった。

ビュォォォ…と大きな音を上げて風が吹いたのだ。


「あーあ」
見えなくなった煙草の方を見ながら葛城は申し訳なさそうに肩を竦めた。

可純は鼻が冷たくて目を堅く瞑ってしまった。
頬がヒリヒリと痛んだ。


今は明け方前。
気温は最低である。


「もう帰ろっか」
葛城はコートの中に可純を招くと呟いた。

「二度寝しよーと」
可純は体温で冷えた体が緩んでいき眠くなった。


「俺も俺も」

落ち着いている葛城に昨日の姿はまるきり消えてる。


「…お義父さんに何て言ったの」
可純は葛城と歩調を合わせながら尋ねる。

葛城は笑った。

「秘密」
「秘密?」
「そ。」

可純も表情を緩めた。

「布団が恋しいね」
「二度寝から起きたらココア淹れたげるよ」

葛城は優しい。
とても。




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