海と微熱の狭間で
茶碗蒸しの美味しさに可純はしらずしらず顔を緩めていたらしい。


「美味しい?」
葛城がにこにこ笑いながら尋ねた。
可純はようやく現実に戻る。

「あ、うん」
可純は恥ずかしくなり俯く。
彼女の癖は美味しいものや興味があるものがあるとそちらに全ての思考がいってしまうことだ。


葛城は高級な、しかしあまり知られていない言うならば穴場のすし屋に連れてきてくれた。

小食の可純なのだが、あまりに美味しくていつもの倍食べている。


「可純よく食べるようになったよなぁ」
しみじみと葛城が言った。嬉しくてたまらないとでもいうかの様な表情をしている。

可純は溜息を吐いた。
「…ほんとだよね。葛城君と付き合いだしてからだよ、まったく」

葛城は次々と食べ物を与えるから、可純は申し訳なくて食べてしまうのだ。

今でもほっそりとスタイルのよい可純だが、以前はもっと細かった。

葛城は少し睫を伏せた。


「小食はよくないんだよ、貧血起こすから…たくさん食べるほうがいいに決まってる」

可純は月帆のことだろうと確信する。

月帆は極度の小食でいつも貧血を起こしていたと、葛城に教えてもらったことがある。


思案していたことが顔に出てたのだろう。
葛城が苦笑した。


「姉さんの小食はとっくに治ってるよ。深島さんが側にいるんだから」


葛城は過去の話をするとき必ず痛々しい表情を見せる。

だけど深島と月帆の家族を思うときは違う。
紛れもない優しさの表情。

可純はその表情が大好きだ。



「…昨日ね」
知らず知らず口走っていた。
怒るだろうな、なんて悠長に思った。


「原野くんと深島さんの家に行ったの」



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