海と微熱の狭間で


「…葛城くん、そういえば何故あの時私にキスをしたの?」
可純は機内の暖かさにうとうとしながらも問う。


葛城はそれを愛しそうに見つめていたが、パッと顔を赤らめる。


「な、何だい急に」
「だって再会してすぐにキスする人いる?私、新手の宗教挨拶かと思っちゃったわよ」

葛城が恨めしく可純を睨んだ。
宗教挨拶は言い過ぎたらしい。


「…可純が俺をすっかり忘れてて腹が立ったんだよ。俺はずっと可純が想ってたのに!って」
可純は呆れたような顔をした。
いや、呆れた顔の方が正しい。
「四年よ?四年も離れてて、しかもあなたとたった数時間しか関わっていないのに覚えてると思う?」

葛城は眉を顰めながら席に付いてるヘッドフォンをつけた。
チャンネルを色々と変えてる。
彼は結局4チャンネルで止めた。確か、洋楽のチャンネルだったと思う。

「いいのかかってる?」
「……」
無視されたことに腹が立ったので可純は葛城のヘッドフォンを奪い取り自分の耳に当てた。

むっとした顔の葛城をにらめ付ける。
流れてくるそれは可純は好きな歌手の声だった。

バート・バカラック「雨にぬれても」

この曲が好きだと彼は知ってるはずだ。
散々CDショップを走り巡ってしまったぐらい、大好きな曲だということを。彼は知っているに違いない。

根気強くにらめつけてると、葛城は眉間に寄せていた皺をゆるめた。

「…それでも、俺は忘れなかったんだよ」

ぽつりと呟いたのが可愛く思えて、可純は睨むのをやめて笑った。

そっと左手の薬指に嵌められた銀色の指輪に触れたのを、彼が気付いてないといいなと思いながら言う。

「結婚式、楽しみだね」




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