ペテン師の恋
五章 油断
昨日、私は涙が止まるまで少し夜道を歩いた。





わざわざ電話でタクシーを呼ぶ気分にもならなくて、大通りまでのんびり歩いた。





夜風が冷たいけれど、冷たいくらいが私には調度よかった。





私の心を引き締めてくれる。





それから、大通りでタクシーをひろい、家に帰った。





家に帰っても、身にまとわりつく香りが彼を思い出させ、あの言葉を思い出させる…





―人形みたいな女を抱きたくなるほど狂っていない―





私はお風呂で痛いくらい身体を擦ったが、朱一の香りは消えなかった。





それが凄く、悔しくて涙が流れた。





こんなに涙を流すのは、母と別れた日以来だ。





閉ざされていた心を、ごじあけられたように、溜まっていた涙が溢れだす。





これが…





傷つくっていうのかな?






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