神龍の宴 覚醒の春
「特にないよ。あ、甘いのはパスね」



凛はそう言ってから電話を切った。暦と勢を促して、もしくは自分だけでも早く帰らねば、と思案する。

絵美も一緒と言っていたっけ。


絵美は「高原遥都」についてどう思うだろう。


教室で目が合った時の絵美の表情が脳裏に甦った。

なんとなく、自分は絵美を好きになるかもしれないと思ったのだが。


絵美の顔を思い出して、凛は少し躊躇していた。絵美にも、同居人に女の子がいる事を知られるのは避けたいような気がする。


しかし今更、そんな事を考えても仕方なかった。


なんだかモヤモヤする気持ちを押さえ込むように、凛は暦達の席へと足早に戻っていった。


「桐生くんち、すごい大きいのね」


その頃、桐生家の前には真耶子と絵美が並んで立っていた。


「あれ、知らなかったっけ? 凛てお坊ちゃまなんだよ」


真耶子が携帯をカバンにしまいながら言う。


「噂に聞いて知ってたけど、これほど大きいお家に住んでるとは思わなかったもの。なんか、気後れしちゃうよ」


絵美は踵を返してコンビニに向かう真耶子の後を小走りに追いかけた。


「いーじゃん。うまくいけば玉の輿。それくらい軽く構えておきなよ」


「…真耶ちゃんは幼なじみだけあって、強いなぁ」



絵美は知らず、はあーっとため息をつく。


凛がどこぞの社長の息子であることは知っていた。5人兄弟だとか、双子だとか、そういう情報は持っているが、実は今まであまり積極的に話す事もなかった。

仲間内で遊びに行く事は何度かあっても、こうして家まで来たのは初めてなのだ。


絵美の片思いの始まりは、実は高校受験にまで遡る。


受験の時、緊張のあまり寝坊して、慌て試験会場に滑り込んだ絵美は、急ぐあまりに教室の入口で躓いて派手に転んでしまった。


しんとしていた教室内で、受験生達の視線が一斉に絵美に向けられ、とても恥ずかしかったのを覚えている。



だが、その時に散らばった絵美のカバンの中身を一緒に拾ってくれた男の子がいた。


それが凛だったのだ。



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