神龍の宴 覚醒の春
顔貌が同じなだけに不思議だ。
声も同じだけど、発声の仕方からして違うような気がする。もっとも、絵美は爽と話した事など一度もないのだが。
「あ、橋口、俺さあ、古典教えて欲しい所があるんだよね」
不意に呼ばれて絵美の思考は中断した。慌てテキストを広げてページをめくる。
「え、うん。いいよ、どこ?」
「53ページの問7んとこ」
凛が身を乗り出して、絵美との距離が縮まった。内心ドキドキしながら解説する。
声に気持ちが出てしまいそうで落ち着かない。
凛は軽く頷きながらテキストに直接メモしている。
…好き、と改めて思う。
ずっと見ていたいくらい、凛のなにもかもが好き。
新しいクラスの中でも、凛の事を気にしている女子は多い。
このまま友達でいるのも捨て難いけど、やっぱりもっと近づきたい。そばに行きたい。
告白、しようかな。
絵美は凛の長い睫毛を見ながら、ようやく決心を固めた。
結局。
真耶子と絵美がいる間に、爽も新しい同居人も現れなかった。
内心ホッとしつつ、凛は真耶子らと共に既に薄暗くなった通りへ出た。
「私は近いから大丈夫。凛、絵美を駅まで送ったげてよ」
真耶子の言葉に、凛が「もちろん」と頷く。
絵美は先程、凛に気持ちを伝えようと決心したものの、真耶子が不意にくれたチャンスにたじろいだ。
しかし、うれしいのには違いない。
凛は真耶子の背中を見送ると、隣の絵美に声をかけた。
「行こうか、橋口」
「うん。ごめんね、ありがとう」
並んで歩き出す。凛がさりげなく車道側に回ってくれる。駅まで5分くらいだろうか。あっという間だ、と絵美は唇を噛み締めた。