神龍の宴 覚醒の春
愛憎のロマンス。
アデュスは返してもらう。返してもらうよ、ハダサ。
アデュスとハダサにとって衝撃的なエフォナからの停戦条件は、一夜を待たずして軍から政府官邸に伝わっていた。
ハダサは辞表をしたためて、夜明けを待たずして屋敷を後にした。
もちろん、辞表ごときで事態が好転しない事は十分にわかっていたが、そうでもせねば頭がおかしくなりそうだった。
アデュスは一人、朝日の差し込む広いベッドに身を起こし、見るともなしに空を眺める。
アナストリア…。
ハダサの下に来てから16年、一度も忘れた事のない名だ。
共に祖国を追われ、頼るべき全てを亡くした者同士、当時は誰よりも近くにいてくれた。
しかし、アナストリアは死んだと思って生きてきたのだ。
無論、生きていてくれたのなら、それは喜ぶべき事だろう。
しかしここに来て、16年の歳月を越えてまで自分に固執する理由がわからない。
『アナストリアはまだ君を愛しているんだから』
ハダサはそう言ったが、本当にそうなのだらうか?
もしそうだとしたら、それはアデュスの知っているアナストリアではないような気がした。
物静かで、紳士的だったアナストリア。
兄のように慕っていたアナストリアは、間違っても武力にモノを言わせるようなタイプではなかったと思うのだが。
アデュスはため息をつくと、裸の胸にシーツを抱き寄せてベッドを出た。
勤務先の国立研究所へ向かおうとしていた時、アデュスのもとに来客があった。
インターホンを確認すると、そこには見知った顔が二つ並んでいた。
「フローリア…。リュダも」
銀色の髪と湖水色の瞳をした、美しいハダサの実姉、フローリアと、その幼い娘のリュダがそこにいた。