春は来ないと、彼が言った。


わたしの見間違い、かな。



いつものように優しく笑いかけてくれた恢を見て、そう思い直した。


自分の机まで歩いていき、帰りの用意を始める。

とはいえ、今日配られたプリントと宿題のノートを鞄に押し込むだけ。


目線を合わせるように屈み、机の中を覗き込む。



「遅くなってごめんね。担任の先生に捕まっちゃって…」



顔は前を向いたまま、自分よりも後ろに向かって声を飛ばした。

思わず吐いてしまった嘘に罪悪感を感じながら。


幸い、声は震えていなかった。




< 78 / 243 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop