うらばなし
ーー
紫暮(雛の部屋の前まで来てしまった。合い鍵を使えばすぐに入れるのだけど、また泣かせてしまうかもしれない。そうして昨日は、ずっとここにいたわけだが。心を決めるか)
紫「雛、入るよ」(ガチャリ)
雛「あれ、紫暮さんーーって、部屋に入ってこないで下さい!」
紫「っ!そんなに俺のことが嫌なのか!」
雛「え、え?」
紫「嫌うぐらいなら、いっそ、俺の首を締めてくれ。力がないなら、刺してくれてもいい。今まで俺の気持ちに応えて、受け取ってもくれたんだから、せめて最後はーー最期は、それぐらいしてくれ。雛の罪にならないように、するから」
雛「しめ、さす?え?え?」
紫「……」
雛「さ、さいご?あ、あの、何のことですか?」
紫「俺のこと、嫌ってないのか」
雛「大好きですよ」
紫「昨日、俺が馬鹿な真似をしたせいで、君を傷つけたことに、怒っても?」
雛「あ、あれは。は、恥ずかしくなって。彼女として、やっぱりきちんとしたものを渡さなきゃいけないと思いまして、あの後、帰ってからずっとケーキ作ってました。やっと、成功しましたよ!」(じゃーん)
紫「随分と、はりきって作ったんだね」
雛「一日かかりました。す、すみません、部屋が散らかってて。今、片付けますから。ちょっとだけ出てもらえますか……?」
紫「ああ、部屋に入らないでって。因みに、昨日からスマホ見ている?」
雛「あ、ケーキ作りに熱中していて。今ーー着信100件!?」
紫「よほど熱中していたんだね」
雛「ぜ、ぜんぶ、紫暮さんから。こ、こんなに着信残して、な、何かあったんですか!ど、どこか怪我でも、入院でも、家族に不幸があったとかの緊急事態が!?」
紫「それ以上に緊急な事態があったけど、もう終わったことだよ。雛、俺のこと好き?」
雛「はい、大好きです」
紫「はあああぁ」(脱力)
雛「紫暮さん!?」
紫「気が抜けた。ごめん、立てない。良かった、本当に良かった。死ぬかと思ったーー死のうと思っていた」
雛「や、やっぱり、何か重い病にかかって!」
紫「雛がそばにいてくれたおかげで治ったよ。チョコケーキ、今貰ってもいいかな」
雛「いいですよ。ーーあの、ところで」
紫「ん?」
雛「紫暮さんが持っている、その大きなボストンバックは何ですか。重たそうですね」
紫「ああ、これ。使わずに済んだから、今度燃えないゴミの日に出しておくよ。使わなくて、良かった」