うらばなし
ハッピーエンドがあるからこそ、バッドエンドがより悲しくなるという罠が
ーー
フローリデ「ちょっとリッヒー!素手でねじ伏せるにはヌルヌルしたナマコみたいな悪党がいるんだけどぅ。ちょっと手を貸しなさいなーーって、きゃあああ!」
リヒルト「人の顔を見るなりに、鼓膜がどうにかなる悲鳴を上げないほしいねぇ」
フ「だって、あなた!エプロン姿に三角巾って!?あなたもこっちの気があったのぅ!?」
リ「昨今、男でも料理するのは普通だよ、自称魔法使い。だから僕を君と同類にしないでおくれ」
フ「今、店の子が一人辞めちゃったから、人員欲しいのだけどねん。あら、ドーナッツ?こんなに山盛りに作るだなんて、パーチーでもやるのかしら」
リ「『パーティー』なんかしないよ。この家に招く奴なんかいない。だから、食べようとしないで。熱した油を、極彩色頭にかけられたくなかったら」
フ「んまっ、アタシの美髪を油でベトベトにする気!?」
リ「油引っ掛けても、君は死なないか……。おっと、来たようだねぇ」
フ「なによぅ、ニヤニヤしちゃって」
リ「僕がニヤニヤしてしまう理由は一つだけど。ああ、そうだ。より楽しめるように隠れてみるか」
フ「どんなニヤニヤがあるのか興味あるから、あたしも隠れるわ!」
リ「身長二メートルのムキムキが隠れられるスペースなんかない」
フ「んまっ!あたしだって、棚の影に隠れるぐらい出来るわ!あの、きゃわいい子ちゃんならこの死角で十分でしょう!」
リ「確かにトトちゃんなら、気付かなそうだけど。ああ、ラズの鳴き声が聞こえてきた。帰ってきたか」
フ「リッヒー早く早くぅ」
リ「ちょっと待ってくれ。この状態だと君と密着しーーぐっ」
フ「つべこべ言わんと、はよしぃ!」
リ「缶を潰せる力があろう二の腕で、ホールドするな。魔法使い。あと、地が出てる」
フ「何のことかしらぁ。あら、来たわよ」
トト「ただいま戻りましたー」
ラズ「ワワンっ」
フ「きゃわいいわぁ!お店の手伝い来てくれないかしら」
リ「自称魔法使いが、営業していいのか」
フ「魔法使いは『年中無給』のボランティア。生活していくには、仕事しなきゃならないのよ。リッヒーも食べに来る?昼はカフェ、夜はバーだから、好きな時にいらっしゃい」
リ「行った途端にバーテンダーやらされそうだから、遠慮しておく。というか、もっと小声で話してもらおう。トトちゃんに気付かれる」
ト「あれ?リヒルトさーん。リヒルトさーん」
リ「捨てられた子犬みたいに、僕の名前を呼ぶか。一日いなくなったら、どうなるんだろうねぇ」ゾクゾク
ラ「ワンワン!」
フ「大型犬の方は、こっち向いて鳴いているわよ」
リ「察せ、ラズ」
ラ「クゥン」
フ「空気読めるラズがしょんぼりしちゃったじゃないっ」
ト「今、何か」
ラ「ワンワンワンワンワン!」
ト「あ、ラズかぁ。どうしたの?そんなにはしゃいで」
リ「自称魔法使いよりも利口な道具に感謝するように」
フ「こんな腐ったレモンに忠実なラズが涙ぐましいわ……」
ト「リヒルトさん出かけたのかな……。寂しい」
リ「……」
フ「トトちゃんの可愛さに悶えているのは分かったから、あたしの腕をバンバンしないでちょうだい」
ラ「ワンワン」
ト「え?何だろう、この輪っか。お菓子?」
リ「……」
フ「トトちゃんがドーナッツも知らない環境で育てられたことの八つ当たりに、あたしの腕をバンバンしないでちょうだい」
ト「この前、リヒルトさんが作ってくれたホットケーキと同じ甘い匂いが……。食べてもいいかな」
ラ「ワン!」
ト「いっぱいあるなら一つぐらい大丈夫だよねっ。いただきます」
リ「あんなに美味しそうに食べるなんて。やっぱり僕のがいいんだねぇ」
フ「一つから、後もう一つだけループに入ったわね」
リ「そのまま全部食べればいい。クッ」
フ「やけにニヤニヤしてるわねぇ。でも、ラズは食べないのね。あの子、何でも食べちゃうのに」
リ「何でもは食べるが、僕は食べない」
フ「そりゃあ、そうでしょうけど……」
リ「だからだよ」
フ「……。ちょっとあのドーナッツ」
リ「トトちゃんから自傷は禁止されているけど、採血は自傷じゃないからねぇ」
フ「異物混入じゃなあああい!」
ト「へ?」
フ&リ「あ」