ディアパゾン−世界に響く神の歌−
アナは少し前を歩く少女と共に学導師の元に通った子供時代を思い出しながら、

「そんなに勉強好きだったっけ?いつも面倒くさい、水汲みしてるほうがましって言ってたのは誰だっけね」

と、まぜっかえした。

日に三度の水汲みは女子供の仕事だが、決して楽とはいえない仕事だ。
それの方がまだマシと言っていたくらいの勉強嫌いが、学校に通いたかったというのが可笑しく、アナはくすくすと笑いをもらす。
頭の上のつぼが揺れ、チャプっと波立った音がしてアナは少し慌てて両手で壷を押さえた。

「──結婚の話が出てるんだ」

小さな声で言われた言葉に、壷に気を取られていたアナは聞き間違いをしたのかと思った。

「え?」

という短い言葉で聞き返すと、

「学校を卒業してたら、街で役人くらいにはなれたかもしれない。役人になりたかったわけじゃないんだけど、結婚したら、もうこの村から出ることも出来ないだろうなって…。
アナは叔父さんの工房で、もう細工師としてそれなりに仕事してるじゃない?やろうと思えば、村から出て一人でもやっていける。でもあたしは、そういうのないから…」

諦めたような寂しそうな声に、結婚の話はだいぶ具体的に決まっているのだろうと思われた。

貧しい小さな村で、娘たちが自分で嫁ぐ家を選ぶことはできない。たいていは親の選んだ男の元に嫁ぐことになるのだ。
同じ年の、同じように育ってきた少女の未来が急に明確になって、アナは自分の近い未来を見るようで、胸を詰まらせる。
かける言葉もないまま歩き続ければ、あっという間に互いの家の分かれ道に到着してしまっていた。
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