ディアパゾン−世界に響く神の歌−
「あたしもきっと、この村で結婚するよ。母さんが死んでからずっと、叔父さんには世話になってきて、今更恩を忘れて家を出るなんて出来ないもの。だから、ずっと、あたしたちは一緒だよ」
アナは傍らの柔らかな手を握り締めた。かすかに震えるその手を温めるようにアナはそっと自分の頬に押し当てた。
「泣いたりしたら、水こぼれちゃうよ」
ん、と言葉にならない返事をして泣き笑いで微笑む幼馴染に、
「汲み直しに行くのは付き合わないからね」
とからかうように言えば、彼女は握り締められたままの手でアナを小突いた。
幼馴染と別れたアナは家路を急ぎ、山の緩やかな坂の道を上がった。
村を下るほうに通り抜けた先の街道脇にある水汲み場までは、アナの家からは往復するだけでも時間がかかった。
それでなくても、深く切り込んだ裂け目のような谷の底を流れる川は、まるで深い井戸のように地面から遠いところに水面があって、風車で滑車を回してつるべで水を汲むのだが、どうしても時間はかかった。
のんびりしていては他の仕事が出来なくなってしまう。
細工師の仕事をしている叔父の家が潅木の林の脇に見えてくる。林といっても向こうに山肌が透けて見えるほどの貧相な林だ。この景色を見るたびに、アナはいつも思う。
(神様は何で世界を捨ててしまったんだろう)
林の奥にそびえる山は大陸の中心ムイだ。
大陸の古い言葉で虚無や死を意味するその山は、その昔は天を突くほどの氷の山だったという。
その氷は神が世界を捨てたときに、水の塊となって大陸を沈めたのだと習った事を思い出す。
村にいた学導師は今頃その話をしているだろうかとアナは考えた。
アナは傍らの柔らかな手を握り締めた。かすかに震えるその手を温めるようにアナはそっと自分の頬に押し当てた。
「泣いたりしたら、水こぼれちゃうよ」
ん、と言葉にならない返事をして泣き笑いで微笑む幼馴染に、
「汲み直しに行くのは付き合わないからね」
とからかうように言えば、彼女は握り締められたままの手でアナを小突いた。
幼馴染と別れたアナは家路を急ぎ、山の緩やかな坂の道を上がった。
村を下るほうに通り抜けた先の街道脇にある水汲み場までは、アナの家からは往復するだけでも時間がかかった。
それでなくても、深く切り込んだ裂け目のような谷の底を流れる川は、まるで深い井戸のように地面から遠いところに水面があって、風車で滑車を回してつるべで水を汲むのだが、どうしても時間はかかった。
のんびりしていては他の仕事が出来なくなってしまう。
細工師の仕事をしている叔父の家が潅木の林の脇に見えてくる。林といっても向こうに山肌が透けて見えるほどの貧相な林だ。この景色を見るたびに、アナはいつも思う。
(神様は何で世界を捨ててしまったんだろう)
林の奥にそびえる山は大陸の中心ムイだ。
大陸の古い言葉で虚無や死を意味するその山は、その昔は天を突くほどの氷の山だったという。
その氷は神が世界を捨てたときに、水の塊となって大陸を沈めたのだと習った事を思い出す。
村にいた学導師は今頃その話をしているだろうかとアナは考えた。