ディアパゾン−世界に響く神の歌−
(『神様がいなくなってから、大地も植物も動物も力を失ってしまいました。』…か)

自分たちに教えてくれた学導師の言葉がよみがえった。

新生アルゴール帝国の歴史は建国のときから語り継がれて、初代の皇弟のことから知っている。しかしその前の神がいた頃の世界のことはほとんどわからない。
過去の文明を知る人間も、書き溜めてあったはずの文献も水に押し流されて失われてしまったのだ。
ただすべての命が神が歌うがごとくに栄えていたという、夢物語のような話を聞くばかりだった。
アナが生まれた世界は実りの少ない畑やいつ涸れてしまうか判らないような細い川、岩山ばかりが目に付く漠々とした大地、それしかなかった。



「叔父さん、ただいま」
家の奥に声をかけながら、アナは壷の中の水を台所の水がめに移した。
水がめの中に映る自分の姿に、幼馴染のことを思い浮かべる。

二人とも同じように長い髪を後ろで一つに束ね、同じようなくすんだ枯葉色の膝下まである長袖の上衣を着ている。
腰に巻いた幅広の紐のような布の色だけは違うが、布自体が貴重な村で、ほとんどの娘たちが同じような格好だが、それでも他の娘達とは違って、まるで双子の姉妹ように思っていた幼馴染だった。
アナは結婚する幼馴染に自分を重ねて、深くため息をついた。

(生まれ育った土地で結婚して、一生その土地に縛られて生きていくのなんて、普通のことなのに…。なんでこんなにも、悲しい気持ちになるんだろう)

いつまでもぼうっとはしていられず、生きていくのに、幼い感傷など切り捨てていくしかないのだと言い聞かせて、アナは工房のある奥の建物へ向かった。

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