ディアパゾン−世界に響く神の歌−
「いい娘さんに育ってるじゃないか。俺の嫁さんに欲しいくらいだ」

冗談で言っているとわかったが、アナはドキリとした。
盆の上の湯呑みがコトリと揺れる。
それをたしなめるように一瞥した叔父は、

「こんなのは胸がでかいだけで、ただのガキだ」

とはき捨てるように言って、盆の上の湯呑みを自分でひっつかんだ。
叔父の口が悪いのはいつものことだが、ウーダンは気まずいような空気に一瞬口をつぐむ。

「こんなのって…、
叔父さんの家の家事をぜーんぶ引き受けてるのあたしよ?」

客の前にお茶を置きながら、アナは努めて明るく返した。

「いっつもこうなんです。──叔父さん、裏の片付けしてくるから」

心持ち早口になりながら、失礼します、と頭を下げてアナは工房の裏口の戸を押し開いた。

細工物の材料にする潅木を乾燥させている裏庭は、朝に掃除したまま散らかってはいなかった。
アナは自分でも制御できない気持ちの揺らぎに振り回されているのを感じた。山から吹き降ろす風が、小さな砂粒をともなってアナの頬を叩く。

気付けばアナは潅木の林に向かっていた。工房の裏庭は家の敷地との境界もなく小道が林に繋がっている。
細工物に適した潅木を見つけるのはアナの仕事だった。
数え切れないほど通って慣れた道を、アナは奥へ奥へと進んで行く。子供の頃から筋がいい言われ、細工物の一通りの作業はすべてこなせる。今では任された仕事も多かった。
しかし―そんなアナに対して叔父のかける言葉や態度は、いつも突き放すようでしかない。

(どうして、あたしこんなにもちっぽけなんだろう?
あたしは誰にも必要とされていないの?
大切なものはどんどん失われて…
あたし自身もこの世界から消えてしまいそう)

林を抜けて、風ばかりが行き交う荒涼としたムイの岩肌の景色を前にして、アナは幼馴染の結婚のことで感傷に浸り、叔父に優しい言葉をかけられず落ち込む、子供っぽい自分に自己嫌悪した。
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